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22 観光名所の発展

更新日:2021年3月5日

メールの内容

 今大変なご時世になっています。そんな最中、ちょっと明るいお話をしたいと思います。
 「もしも、~だったら・・・」という内容です。
 僕は小さな頃からずっと熊谷に住んでいます。小学の頃、母と買い物に行く時に時々、サティ(現イオン)熊谷店へ寄っていました。そのとき、大きな蔵をよく見かけました。
 その蔵がずっと気になりつつ、時が経ち、高校の頃に大きな蔵へ行ってみました。そこは片倉シルク記念館であり、片倉工業株式会社最後の熊谷工場であったことを驚きました。しかもこんなに広い製糸工場があったとは知りませんでした。閉鎖になったのがちょうど僕が生まれた年。そんな驚きを知ってから数年後に富岡製糸場が世界遺産登録になりました。
 そこで、もしも、平成まで生きた最後の大規模製糸場である熊谷工場ごと全体保存していたら・・・とふと考えていました。きっと有名観光名所になり、関連世界遺産群の一つとして登録されていたかもしれません。熊谷駅からハピウェーブ通りを経て弥生町の通り、さらに八坂神社前の通りから片倉工業社旧熊谷工場までの1本道がつながっています。そんな1本道を土産街や旅館街、休憩ゾーンなど並んだシルク歴史参道街に整備し、賑わいのある熊谷シルクロードになっていたでしょう。さらに上熊谷駅を旧熊谷工場棟風の駅舎に改修し、新たなシルクロードの玄関口として迎え入れる。そんな想像が浮かんできました。
 妻沼にある旧坂田医院や妻沼聖天山など、他の町がこういった歴史的建造物を残しているのに旧熊谷市は最後である製糸工場を全体ごと残せず、旧工場全棟保存に伴う街道大規模改修などといった街びらきに活かせなかったのかが悔やまれます。おそらく維持費などの費用がかかるという理由でこのような形になっていたと思います。僕が生まれた当時に何があったかは分かりません。思い切って全体保存となったら、きっと美しい観光街並みに生まれ変わっていたはずです。
 いかかですか?「もしも、~だったら・・・」。
 今後とも熊谷市を愛し、ずっと応援しています。
 50年後100年後にも熊谷市という名が残せますように。

回答(令和2年4月23日)

 頂きました「市長へのメール」に、お答えいたします。
 かつての埼玉県北部地域は、群馬県と一体を成す絹産業の集積地であり、熊谷市でも養蚕業、製糸業が盛んに行われていました。
 ○○様もご存じのとおり、片倉シルク記念館は、片倉工業株式会社が、自社の最後の製糸工場であった熊谷工場の繭倉庫を利用し、当時の絹産業の歴史や文化を現在に伝える貴重な施設です。
 本市においては、絹産業遺産としてのつながりが深い群馬県と連携した観光情報の発信や、桜の開花時期には桜スポットを巡るハイキングコース内に組み込む等、観光施設としてのPR活動に取り組んでまいりました。
 熊谷市には、国宝である妻沼聖天山を始め、中心市街地には片倉シルク記念館、星川通りや星溪園など、数多くの魅力的な観光名所がございます。
 これらの観光資源を活用し、引き続き本市の魅力発信に努めてまいりたいと考えています。

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広報広聴課
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