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『熊谷市史料集2 元素楼養蚕関係文書「御用簿」「公用記」』のご紹介

更新日:2026年5月22日

市史編さん室では、歴史資料の調査研究、保存事業を進めており、その一環として古文書調査こもんじょちょうさを実施しています。その成果の一つとして、熊谷市史報告書『熊谷市史料集2を刊行しました。

熊谷市史料集2
熊谷市史料集2元素楼養蚕関係文書

主な内容

市史編さん室の古文書調査では、平成19年度からくまがや古文書学習こもんじょがくしゅう研究会けんきゅうかいの皆さんにご協力をお願いして、古文書の筆耕やデータ入力を行ってきました。その成果の中から、元素楼養蚕げんそろうようさん関係文書「御用簿」「公用記」を取り上げ、『熊谷市史料集2』として刊行します。
古文書のくずし字を現代の活字にして読みやすくし、簡単な解説や内容細目ないようさいもくを付けました。

元素楼養蚕関係文書について

 元素楼とは、明治2年(1869)に、玉井村の名主を勤めた鯨井勘衛くじらいかんえが建てた養蚕施設ようさんしせつの名前です。勘衛は、蚕糸改良さんしかいりょうの目的で大蚕室さんしつを建設しました。外部サイトへリンク 新規ウインドウで開きます。元素楼跡(外部サイト)は現在市指定文化財になっています。この元素楼に関係する江戸時代末~明治時代初期の文書群が、この元素楼養蚕関係文書で、市指定文化財になっています。
 この本では、その中でも勘衛が明治5年から6年にかけて記録した「御用簿」明治6年に記録した「公用記」翻刻ほんこくしています。
 世界遺産富岡製糸場に深くかかわる渋沢栄一しぶさわえいいち尾高惇忠おだかあつただらとの交流や、皇太后・皇后の行啓ぎょうけいなど、独自の蚕種飼育法さんしゅしいくほうを確立し、この時代の先頭に立って活躍した勘衛の行動を知ることができます。

鯨井勘衛くじらいかんえについて

内容

B5判141ページ

目次
凡例・解説
史料一 明治5年(1872)御用簿
史料二 明治6年(1873)公用記
内容細目

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