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日本で最初の公許女性医師 荻野吟子

荻野 吟子(おぎの ぎんこ)
1851年(嘉永4)から1913年(大正2)
武蔵国むさしのくに幡羅郡はたらぐん俵瀬たわらせ町(現在の熊谷市俵瀬)出身。
男性しか医師になれなかった明治時代、女性医師の必要性を痛感し、医師になることを決意。
当時は女人禁制だった医学校を卒業後、粘り強い交渉力と行動力で受験資格を得て、日本で最初の公許女性医師となる。

新着情報

  • 2026年4月1日日本で最初の公許女性医師 荻野吟子

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日本で最初の公許女性医師『荻野吟子』顕彰推進協議会

熊谷市が生んだ偉大な先人である「荻野吟子」さんの功績を顕彰するため、「日本で最初の公許女性医師『荻野吟子』顕彰推進協議会」を設立しました。
活動内容や議事録等は随時更新いたしますので、今しばらくお待ちください。

荻野吟子の生涯

荻野吟子年表
嘉永4年(1851) 3月3日、武蔵国幡羅郡俵瀬町(現熊谷市俵瀬)に生まれる。
慶応2年(1866) このころ上川上村の名主・稲村貫一郎いなむらかんいちろうと結婚。(15歳)
明治5年頃(1872) 病気療養のため大学東校に入院。医師になる決意をする。(21歳頃)
明治7年頃(1874) 国学者・井上頼囶いのうえよりくにの元で学び始める。(23歳)
明治8年(1875) 内藤ます子の甲府女学家塾に赴任。東京女子師範学校に入学(24歳)(明治12年7月に卒業)
明治12年(1879) 私立医学校の好寿医院こうじゅいいんに入学(28歳)(明治15年に卒業)
明治15から16年(1882)

東京府、埼玉県等に数度医術開業試験の願書を提出したが却下される。
群馬県伊勢崎町で医師の助手を勤める。

このころ 内務省に赴き、医術開業試験について訴える。
明治17年から18年(1884)

医術開業試験の願書が受理され、明治17年9月の前期試験に合格。
明治18年3月に後期試験にも合格し、女性医師第1号となる。
5月本郷ほんごう湯島三組町ゆしまみくみちょう(現東京都文京区)に医院を開業する。(34歳)

明治20年(1887) 本郷教会にて洗礼を受け、東京婦人矯風会とうきょうふじんきょうふうかいに入会する。大日本婦人衛生会 幹事となる。(36歳)
明治21年(1888) 東京婦人矯風会 副会頭となる。(37歳)
明治23年(1890) 東京婦人矯風会 風俗部長に就任する。志方之善しかたゆきよしと結婚する。(39歳)
明治24年(1891)

夫・志方之善、入植予定地(現北海道今金町いまかねちょう)に入る。
吉岡弥生よしおかやよいらの求めに応じ、女医学生懇談会の顧問として活躍する。(40歳)

明治25年(1892)

荻野医院を、濃尾地震のうびじしんの震災孤児受入れのため、孤女学院こじょがくいんの仮校舎として提供。
明治女学校舎監となる。(41歳)
その他女子教育や、社会活動に奔走する。

明治27年(1894) 北海道インマヌエル(今金町神丘かみおか)に入植。(43歳)
明治30年(1897)

瀬棚せたなに移り、医院を開業する。
淑徳婦人会しゅくとくふじんかいを結成し、会長となる。
姪、トミを養女とする。(46歳)

明治38年(1905) 夫、志方之善が亡くなる。(54歳)
明治41年(1908)

北海道から転居し、東京の向島むこうじま新小梅しんこうめ町(現東京都墨田区)に医院を開業する。(57歳)
日本女子会の活動に参画する。

大正2年(1913)

6月23日永眠。(満62歳)
東京の雑司ヶ谷霊園ぞうしがやれいえんに埋葬される。


吟子ゆかりの場所

熊谷市立荻野吟子記念館(熊谷市俵瀬581-1)


 

記念館は吟子の生家の長屋門を模しており、展示室には荻野吟子の生涯を時代に合わせて説明した年表や資料を展示しています。
また、敷地内には荻野吟子女史像も設置されています。
現在は、特定非営利活動法人「めぬまガイドボランティア阿うんの会」が管理運営を行っています。
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道の駅めぬま(熊谷市弥藤吾720)


 

敷地内には、吟子像が設置されています。
めぬまアグリパークでは、約400種2,000株のバラが5月頃から初冬まで、毎年3月上旬から中旬には「吟子桜(河津桜かわづざくら)」も楽しめます。
また、各分野において第1号の偉業を成し遂げた、吟子を含む日本人女性30人をパネルで展示しています。
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妻沼両宜塾跡(熊谷市妻沼 地内)


 

両宜塾からは多くの著名人が輩出され、吟子もその中の一人で、松本万年まつもとばんねん荻江おぎえから漢学を学びました。
現在は、2階建ての塾舎自体が取り壊され、平成5年(1993)には、「両宜塾跡」として史跡に指定されています。
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大龍寺(熊谷市葛和田898)


 

幼少期の吟子が境内にあった寺子屋「行余書院ぎょうよしょいん」で学んだといわれています。
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荻野吟子開業の跡(北海道久遠郡せたな町瀬棚区本町389)


 

児童館の近くに、明治30年(1897)に「荻野医院」を開業した跡地の記念碑が設置されており、碑文には吟子が詠んだ詩が刻まれています。
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荻野吟子公園(北海道久遠郡せたな町瀬棚区本町 地内)


 

明治の黎明期れいめいきの北部北檜山きたひやまの医療・厚生・文化に尽くされた偉業を永く後世に伝えるために、開道100年の記念事業として建立されました。
碑文には吟子愛唱の聖句せいくが刻まれています。
また、敷地内に設置されている「荻野吟子女史像」は生誕150周年を記念し、旧妻沼町が建立しました。
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今金インマヌエル教会(北海道瀬棚郡今金町神丘390)


 

吟子と夫の志方之善をはじめとするキリスト教徒が、明治24年(1891)以降に理想郷を築こうとした土地に建てられました。
敷地内には、インマヌエル発祥の碑が設置されています。
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志方之善の墓(北海道瀬棚郡今金町神丘 地内)


 

吟子の夫の志方之善のお墓があります。
(注意)墓地は故人の慰霊の場所です。節度を持った行動をお願いします。
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光恩寺(群馬県邑楽郡千代田町赤岩甲1041)


 

吟子の生家にあった長屋門が光恩寺に移設されています。
現在は「合格の門」として多くの受験生が訪れており、敷地内には吟子像が設置されています。
また、吟子にちなんだイラスト入りの合格祈願絵馬を頒布しています。
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正覚寺(埼玉県深谷市深谷町4-6)

吟子に次いで公許女性医師第2号となり、吟子の師である松本万年からも学んだ「生沢クノ」のお墓があります。
(注意)墓地は故人の慰霊の場所です。節度を持った行動をお願いします。
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日本基督教団弓町本郷教会(東京都文京区本郷2-35-14)


 

吟子がキリスト教の洗礼を受け、葬儀が行われた場所です(1927年に現在の場所に移転しました)。
開業免許を得た吟子は、湯島三丁目地内で開業し、女性医師として出発しました。
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荻野医院跡(東京都墨田区向島 地内)


 

北海道から帰京した吟子は、明治41年(1908)に源森橋げんもりばし北詰きたづめに「荻野医院」を開業しました。
この地で大正2年(1913)に62歳で永眠するまでの5年間を過ごしました。
当時の建物は残っていませんが、東京スカイツリーが間近に見えるこの場所では、荻野医院の説明板が設置されています。
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雑司ヶ谷霊園(東京都豊島区南池袋 地内)


 

大正2年(1913)に波乱に満ちた62歳の生涯を閉じた吟子のお墓があります。
お墓は霊園内の1種5号23側にあり、墓碑のそばには優しい微笑みをたたえた洋装の吟子像が静かにたたずんでいます。
(注意)墓地は故人の慰霊の場所です。節度を持った行動をお願いします。
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国立科学博物館 地球館(東京都台東区上野公園内)


 

「日本の科学者技術者展シリーズ」等の企画展で紹介された肖像(レリーフ)が展示されており、その中で科学技術の偉人として吟子も展示されています。
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商業観光課(本庁舎7階)
電話:048-524-1111(代表) 内線312、508
ファクス:048-525-9335
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