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熊谷(くまがや)の町(まち)のれきし(400年前から)

更新日:2010年11月17日

400年前(ねんまえ)ごろに中山道(なかせんどう)という、東京(とうきょう)から京都(きょうと)までの大(おお)きな道(みち)がせいびされると、熊谷(くまがや)の町(まち)は、しゅくば町(まち)としてさかえました。
しゅくば町(まち)というのは、たびをする人(ひと)がとまったり、休(やす)んだりする場所(ばしょ)が集(あつま)っているところです。
とまるところが19けん、お店(みせ)が200けん以上(いじょう)もありました。

200年前(ねんまえ)くらいの熊谷(くまがや)のようす
たび人(びと)やお店(みせ)で休(きゅう)けいする人たち、にもつを運(はこ)ぶ馬(うま)などを見(み)ることができます。

今(いま)から160年前(ねんまえ)、明治時代(めいじじだい)になると、熊谷(くまがや)は工業(こうぎょう)、商業(しょうぎょう)の町(まち)として発(はっ)てんします。
糸(いと)を作(つく)るためのせい糸(し)工場(こうじょう)や、小麦(こむぎ)こやうどんなどをつくるせいふん工場(こうじょう)がたくさんできました。
今(いま)から、だいたい130年前(ねんまえ)(明治(めいじ)16年)には、てつ道(どう)ができ、作(つく)ったものを運(はこ)ぶことができるようになりました。

100ねんくらいまえのくまがやのちず

昭和11年頃の熊谷(くまがや)の町(まち)
工場(こうじょう)がたくさんあるようすがわかります。

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電話:048-525-4550 ファクス:048-525-4569

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